2014年02月02日

会津若松城への旅 vol.3 会津若松城 天守閣周辺をお散歩

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長屋にあるお土産やさんを出たところから天守を撮影。

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表門(鉄門)と南走長屋と天守閣。

写真だとちょっと遠近感がわかりにくいけれど、けっこう長い建物なのですよ。
表門の上を通ってさらに干飯櫓まで長屋がつながっています。
この門がまた立派なんです
ここの石垣は天守の土台と違ってきれいな「切り込みはぎ」という手法。
表面が削られて均一になっています。
同じ建物なのに、すぐ近くの石垣の造りが異なっているのも面白いのです。

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表門を正面から見たところ。ここから入ってすぐのところが、戊辰戦争中は「城内で一番安全なところ」だったそうです。
そうだよなー。本丸や大広間は大砲打ちこまれまくったそうだしなー。

新島八重は、ここで松平容保公に「子どもたちも同行して夜襲に行きたい」と申し上げたところ、「子どもも一緒に行くと兵力が少ないと思われるからやめるように」と言われた、という話が残っているそうです。
八重。どんだけ強気なんだ!?

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表門の中を入りました。
「城内で一番安全なところ」ですね。

この付近には「上杉謙信公仮廟所跡」もありました。
上杉謙信は亡くなったあと、甲冑姿で甕に納められ、新潟の春日山城に葬られたと伝えられているけれど、その後、跡取りの上杉景勝が会津へ転封(いわゆる"お国換え")する際に謙信の墓所は会津城内に移されたという話が残っているそうです。
さらに、景勝の米沢転封により、今度は米沢に移されたそうです。
「跡」といっても石で輪郭が築いた跡が残っているだけですが、歴史マニアにはたまらん

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観光客にとっては「裏側」なので人も少なく、天守の撮影にはおすすめな場所です。

さて、お城の観光も終わり、ゆっくりご飯。と思ったのだけど、想像以上に時間がかかってしまいました。
写真撮りすぎた・・・
鶴ヶ城のすぐそばにある「鶴ヶ城会館」でご飯を食べることに。

やっぱり喜多方ラーメンでしょう!

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鶴ヶ城会館 朱雀亭の喜多方ラーメン。

会津よりもっと奥にある喜多方のソウルフード。喜多方ラーメン。
朝から力仕事で働く喜多方の人が朝から食べても胃にもたれないように、このあっさりとした味が定着したと言われています。
鶴ヶ城会館にはお土産屋さんだけでなく、いろんなレストランが入っているんだけど、この朱雀亭のラーメン。うん。おいしかったです。
バスの時間や移動の時間が迫っているときなど、おススメです。
でもやっぱり喜多方まで足を伸ばして本場の喜多方ラーメンを食べてみたいな。

「城」といえば会津若松城で終わりなんだけど、戊辰戦争に松平容保公が出向いた旧滝沢本陣にも行ってきたので、次回は滝沢本陣について書きたいと思います。


今回、会津で泊ったお宿はこちら

くつろぎ宿 新滝
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新撰組の土方歳三が刀傷を癒したという温泉があるという幕末マニアにはたまらない宿。
別館(不動滝)前にはその温泉跡が残っています。
※現在もお湯が湧いているけど、外にあるので温泉に浸かることはできません。

こちらの宿は、かつては松平家の別荘だったそうで、会津藩主の松平容保ゆかりの天然岩風呂『千年の湯』がそのまま残っています!
こちらのほうは、入ることはできますよ!
もちろん、入ってきました!


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posted by ゆーか at 17:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 福島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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