2014年04月14日

小坂城 vol.1 堀・土塀・堀・堀・堀。関東の山城って面白い。 〜牛久沼のほとりを歩く旅〜

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茨城県の牛久沼周辺の山城に行ってきました!

今回はお城に詳しい諸先輩方について行き、小坂城、東林寺城、牛久城、牛久陣屋をめぐってきました。

山城は小谷城八王子城に行ったけど、小谷城はかなり過酷で途中で退却、八王子城も本丸なんてぶらっと行ってたどり着けるわけない!と退却。
山城はハンパな覚悟じゃ行けない。と学習して帰ってきました。

ひとりで行くのも危ないなぁ。と、考えていたところにお仲間に入れていただき、周ってきたぞ。



牛久市小坂町にある小坂城「おさかじょう」と読む。

岡見氏の城というけれど、岡見氏??? 関東出身でもよくわからんぞ。
戦国時代に牛久城を本拠地としていた武将で、のちに北條氏と一緒に滅んだらしい。
小坂城は岡見氏が牛久城に移る前のお城だったそうな。
ほー。
戦国時代に弱いワタシ。よくわからん。
建築物としての城に魅力を感じているわけであって、武将にはあまり興味が無く・・・皆の者、すまぬ。

とにもかくにも牛久駅に集合してバスに乗り、小坂城へ。

「小坂城は整備された周りやすいお城」ということで、案内板もあって助かる〜。

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案内板にあった案内図。


縄張り図をいただいたのですが、山城初心者のワタシにはこの案内板がわかりやすい。
縄張り図を見つつ、撮影したこの写真と照らし合わせながら周っていました。


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階段を上がって出たところ。広ーい。でもここは縄張り図によると曲輪ではないようだ。

右側に土塁があり、その先には空掘があると教えてもらい、子どものように「わーい。」と土塀を駆け上がってしまった。


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うぉ。すごい空堀だ!

見よ!この高低差! 正面に見えるのは一ノ曲輪です。


人を入れて撮ってみると。

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写真だとダイナミックさが伝わらないのが残念だけど、けっこう深い。
テンション上がってきたぞ。


「降りても大丈夫だよ。」という先生方の許可を得て(←気分は小学校の遠足気分♪)降りてみた。


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空堀の幅&角度はゆるいピースサインくらいな感じ?


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こんな感じの堀が続いていく。


まだ最初の曲輪にも入っていないのにこの調子で暴走すると見どころが全部まわれなくなってしまう!
と危機感を感じて降りてきた土塀をまたよじ登る。

入口からまっすぐ入ったところの三ノ曲輪へ。


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三ノ曲輪。広いぞ! ベンチもあったりしてちょっと休めるようになっている。

案内板によると、三ノ曲輪は東西約29m、南北約33m、面積は約1,000u。
三の曲輪には虎口状遺構(こぐちじょういこう)が4ヶ所残っているようだけど、ある1つの場所は除いて、3つのうち、どれが本来の虎口だかはわかっていないそうです。
江戸時代に愛宕神社があったので、神社の建設時に開かれた入口があるかもしれないとのこと。

で、その「ある1つの場所」というのがこちら。


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三ノ曲輪とニノ曲輪をつなぐ土橋だ!!!

画面に納まりきらないので両端をカットしたので伝わりにくいけど、右側が入口から入った時に即効ワタシが下りた空掘、中央が土橋で左側にも空掘が続いているのです。

落ち葉がたくさん積もっているのだけど、本来はもっと深かったはずで。
土橋は歩いて渡る分には問題ないけど、そもそも歩いて攻め込むわけないし、大人数が一気に三ノ曲輪を突破してこの土橋を一気に渡るのは難しいだろうな。

それにこの土橋を渡った先にある一ノ曲輪の右側には・・・・


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うぉ。櫓台発見! 敵がいる!!! あそこから狙われるではないか!

写真は三ノ曲輪から撮ったので、土橋の正面にあるわけではないのだけど、一の曲輪から張り出していて高台になっているところが櫓台として使われたようです。
土橋を渡っている時でも、対岸を歩いている時でも高低差を利用してガンガン射かけられること、確実。

きっと土橋の周囲には門や柵もあっただろうし、ここ、攻めるには怖い場所だわ。


そんなこんなで土橋を突破してニノ曲輪へ。


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これまた広いぞー。

この先に控えている一ノ曲輪のほうが建物は建てやすい十分な広さがあったようだけど、現在は削り取られてしまっているので、ニノ曲輪が一番広いように思える。
こうして見てみると平たい土地がずーっと続いているように見えるけど、


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もちろん周りは堀が囲んでます。

ニノ曲輪の奥の一ノ曲輪へ。


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ここから先は一ノ曲輪

写真ではわかりにくいけど、一の曲輪へに入るには、平坦に見えて


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けっこうな高さがあるのです。


一ノ曲輪にある先ほど打たれかけた櫓台へ登ってみる。


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堀を挟んで反対側が三ノ曲輪。土橋の手前で、今まで歩いてきたところです。
この高低差だったら、ワタシ、投石でイケるかも。
(バスケとテニスをやってたので、意外と肩が強いの♪)


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櫓台をちょっと降りて、高低差を撮りたかったので撮ってみた一枚。
さすがミニチュアモード。コントラストはっきりで堀のウネウネウネ〜具合が出たかな。


天守台から降りて一ノ曲輪をまわってみる。


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一ノ曲輪は削り取られてしまったようだけど、でもおかげで高いところにあることがよくわかる。
ちょっとした見晴らしの良い展望台です。


一ノ曲輪から裾野に広がる田畑を眺め終わったところでニの曲輪→三ノ曲輪に戻る。


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最後は四ノ曲輪。一番小さな区画。


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ここは他と違って狭め。広さはこの写真の範囲で収まるくらい。
馬出し扱いだったのかなぁ。と考えてみたり。

今まで、案内図を見て歩き回ったことはあるけど、それは解説であったり、遺跡&史跡の位置が掲載されている「現代の地図」なわけで。
区画と塀と堀と出入口しか書かれていない淡白な縄張り図をもとに歩いたことはないので、こうやって想像しながら歩くのは初めて。
「縄張り図を見てその区画の役割を追求する。時には疑ってかかる」。面白いですな。

で、こんな小さな四ノ曲輪の周りはどうなっているんだろう?と好奇心が。


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もちろん周囲は堀で囲まれている。

四ノ曲輪の奥は立ち入り禁止。

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堀の上にかなりいろんなものがつまっている。
「立ち入り禁止」のロープすら埋まりつつあるよ。
でもけっこうな「堀具合」でした。


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たぶん四ノ曲輪とニの曲輪の間じゃなかったかな。
小坂城の撮影で最も高低差がうまく写真に撮れた場所。
絵画調で撮ってみました。

四ノ曲輪付近の堀は残念ながら立ち入り禁止だったけど、このあと、プチ冒険してきました。

この続きはまたのちほど〜。



図説 茨城の城郭

茨城県の城めぐりのバイブル。らしい。




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ラベル:山城を歩く
posted by ゆーか at 23:07 | Comment(2) | TrackBack(0) | 茨城県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
土造りの城は地形と縄張りを照合しながら探索する楽しみがありますね!
なるほど、ミニチュアモードで撮ると高低差が分かりやすいですね。今度、土の城に行ったら試してみます!
Posted by ウォッカマティーニ at 2014年04月15日 07:49
> ウォッカマティーニさん

まだ縄張り図のみでは周れないので、(ただ通過するだけになっちゃう。)妄想が駆使できるように頑張ります〜。

ミニチュアモードはコントラストがはっきり出るので、ボケさせたいとき以外にもよく使ってます♪
Posted by ゆーか@管理人 at 2014年04月15日 20:58
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