2014年04月29日

牛久城 vol.5 牛久城の奥地で「守り」を学ぶ。 〜牛久沼のほとりを歩く旅〜

小坂城、東林寺城ときた茨城県 牛久沼のほとりを歩く旅。
牛久城編の最終回です。


一行の前に現れた急な一本道。道幅も極端に狭くなっている。
なんだこの道は!?



IBR02_54.JPG
道の両サイドは堀なので、落ちたら危険。
道幅も狭いし、上り坂でどんどん山中に入って行く感じ。
ひとりなら歩いて行くのをためらうと思う。



IBR02_55.JPG
この細い道を上がって振り返ってみる。


IBR02_56.JPG
道幅が狭いので一人ずつしか登ってこれない!


1対多のケンカの鉄則。
細い路地に逃げ込めば敵は人数が多くてもひとりずつしかかかってこれない。
必然的に1対1に持ち込むことができる。

それが目の前に再現されているように思える。
この鉄則って昔からあったものなんだろうな。


細い道を走って攻めてくる敵に対し、上から矢を射ったりするだろうけど、ワタシが思ったのは、上から大きな石を転がしただけでも混乱させることはできる
守りが固められているような作りには一見すると思えないけど、この坂の細道は守る方に有利だよな。

そして言われて「なるほどだなぁ」と思ったのは、攻撃を避けながら坂道を一人ずつ駆け上がってくると、突きあたりは断崖絶壁。
これ、下手したら走ってきた勢いでそのまま落ちるぞ。
ただでさえ一人ずつ狭いところを行くわけだから先は読めないし。


パノラマで見ると。


IBR02_57.JPG


左側にちょこっと人の足元を見せているけど、ここから先が「I」の区画。
右から細い坂道をにょろにょろっと攻撃を避けながら上がってくる。
上がってきて左に曲がらない限り、まっすぐ行くと落ちてしまう。
怖ぇぇぇぇ〜!


そして上がったところには開けた「I」の区画。

IBR02_58.JPG
「II」の区画よりはちょっと狭いけど、大手門跡から歩いてきた導線から出た今回の結論。
「I」の区画のほうが本丸(一ノ曲輪)だ。

ワタシもそう思います。
ワタシの姫人格も「ここなら籠るにも良し、普段生活するにも安心。」と言ってます。
守りの要となるであろう「II]の区画(ニノ曲輪)よりも奥にあるし、守られている感がするのだ。


と、まぁこんな感じで一同、納得して牛久城をあとにしたのです。
牛久城。奥に行けば行くほど面白かった。
二の丸周辺と本丸の入口は一見の価値アリです。


でも最後にもう一か所、立ち寄りました。
牛久陣屋編へ続く。



図説 茨城の城郭

茨城県の城めぐりのバイブル。らしい。


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ラベル:山城を歩く
posted by ゆーか at 12:53 | Comment(2) | TrackBack(0) | 茨城県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
敵の進路を狭くするのは防御の鉄則ですね。
いくら大軍でも両脇が崖では動きが封じられますから…
堀切、土橋というのはかなり有効だったんだろうと想像します。
Posted by ウォッカマティーニ at 2014年05月01日 00:20
> ウォッカマティーニさん

石垣や高層の櫓ができる前の時代だけど、これだけ「守り」にこだわることができるって本当にすごいですよね。
見方が変わりました。
もっと詳しくなったらさらに楽しみ方が変わっていくような気がします。
Posted by ゆーか@管理人 at 2014年05月01日 21:45
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