2020年02月10日

引田城(香川県)vol.2 北曲輪から灯台もある東の丸へ

引田城編 vol.1からの続きです。
北二の丸から本丸へ。引田城といえばここ!という北二の丸下段の石垣はすごかった。



引田城ってどんな城? vol.2 北曲輪から灯台もある東の丸へ

北曲輪へ行く間にある北二の丸上段の石垣は見つけやすいのだけど、もうひとつの見どころは下段にある。
それがこれだ!


TAK01_hiketa12.JPG
北二の丸下段の石垣


こんなご褒美のような石垣が!


長っ!!!


こっこれは素敵すぎる!

そして


TAK01_hiketa13.JPG
高っ!!!

5m〜6mあるという。見上げるととても高いのね。いやぁ。これは見ないで帰ったらもったいない!
北二の丸の下は大手道だったといわれるけど、下から登ってきてこの石垣が目の前に見えたら萎えるわぁ。


TAK01_hiketa14.JPG
見よ!この規模感!

人が入るとその大きさがよくわかる。圧倒的な圧迫感。そして野面積みが美しい。
もう、何時間でもいられます!
『週刊日本の城』に書いてあった「香川県内では最古」という表現に心が躍る。
天正期(1573〜1596年)〜文禄期(1592〜1596年)の特徴を示している。香川県内では、最古に分類される石垣となる。
〜週刊日本の歴史
ちなみに人が立っている部分は、人がすれ違えないような狭さです。
素敵すぎてこのままでは埒が明かない。石垣に張り付いている仲間数人を置き去りにして北曲輪(丹後丸)を目指す。
ワタクシは初登城だったので、規模感を把握するためにもとりあえずすべてを歩きまわりたいのだ!


TAK01_hiketa15.JPG
細長い北曲輪

この先が田の浦キャンプ場側登山口
北曲輪には左右に竪堀が1本ずつあるようで、縄張図から位置的にこれ?とは思ったものの、よくわからなかったです。
北曲輪は石垣は築かれていなくて、織豊期以前の引田城の遺構がそのまま残っていると考えられているそうな。

そんな北曲輪はさっと見て、規模感だけ把握したら東の丸を目指す。


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物見台への階段

きれいに整備されている階段の手前に大きな石がゴロゴロ。大正時代くらい?遊歩道を作った際に石をどかしてしまったそうです。
諸々が悔やまれる・・・。


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本来はぐるっとまわしていたそうな

写真ではわかりづらいかもしれない。これはぜひ現地で見るべし。


TAK01_hiketa19.JPG
東の丸の突端に到着

目の前が一気にひらけて、左側に小豆島、右側が淡路島を臨む。
東かがわ市教育委員会の引田城のパンフによると、火薬を補完した煙硝蔵など軍事施設があったと推定されているようです。
東の丸は、上中下3段の曲輪から構成され、塁線の石垣がひとつづきとなるように連結されています。火薬を保管した煙硝蔵など軍事施設があったと推定されています。
〜東かがわ市教育委員会発酵 引田城跡パンフレットより

TAK01_hiketa20.JPG
眼下には引田鼻灯台

交通の要所だということを改めて実感しました。

ここまで来て登り始めてから約1時間30分
大手門跡北二の丸下段の石垣で撮影しまくっているので普通のハイカーなら1時間もあれば余裕だと思います。
城クラスターが7人もいると先に進まないこと、進まないこと





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posted by ゆーか at 22:29 | Comment(0) | 香川県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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