2020年02月11日

引田城(香川県)vol.4 番外編 大手道を探して登ってみた

2020年1月25日〜26日 引田城編

実は前回のレポの最後で触れましたが、登りは一般的なルートではないコースを登ったのです。

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家臣団屋敷推定地「段」


引田城 大手道を探して歩く

引田城散策の一般的なコースは二つ。
  • 引田港側登山口
  • 田の浦キャンプ場側登山口
どちらも大正時代以降に整備された「遊歩道」としての道。「大手門跡」と伝わる場所があるのならそこへの道もあるはずで。
東かがわ氏教育委員会のパンフにある引田城跡散策マップでは第3の道が掲載されています。


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ピンクがのコースが大手道

ピンクの道を通っていくと家臣団屋敷の推定地と言われている曲輪たちを右目に通ります。これは「段曲輪」ではなく「段」と呼ばれているそうです。面白いほど「段」が重なっているのです。

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引田城遠景

大手道は確実にこのルートだと判明しているわけではないですが、今回は散策マップに沿って登ってみることに。


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整備していただいてありがとうございます。道があります。

背の高い草を分けて入っていくと・・・


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おぉ。段段の曲輪が


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「下郎屋敷」跡

これらの「段」は地元の皆さんの中では「下郎屋敷」と伝わっているそうです。
「下郎」は「げろう」と読み、「人に使われている身分の低い者」の意味のほうです。


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うっすら土塁のように盛り上がっている

少し上に上がって後ろを振り返ると段・段・段と連なっていてこれはすごい。まるで安土城の大手のようだ。


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何段も連なる「段」


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意図的?偶然?山城なら櫓台みたいな高まり

この高まりを目印に右に折れていく。その先も平場になっていて一部を2m掘り下げて発掘したところ、石垣や瓦などが出てきたそうです。上にあった建造物のものが落ちてきたのだろうか。


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ここから右に急カーブで登る

道らしきものがあり右に急カーブ。大手へつながる道っぽくなってきた。お城仲間さんの中には右にすぐ曲がるのではなく、左側に道があるのではないか?と推理している方もいました。うん。安土城も一度左にふって右に迂回させてるしね。


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上から「段」を眺めたところ


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そしてひたすら右に右に登っていくと


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北の丸の石垣を眺めながら大手門跡に出るわけです

こうして登ってみると、下郎屋敷を右に見ながらほぼまっすぐに歩き、上り詰めたところで左に北二の丸の石垣。そして大手門に入る。お城仲間の皆さんが言うことには、まるでそれは安土城を思わせる。織豊系城郭としてらしいといえばらしい。
ただ「段」から大手門に至るまでの登り道は不明瞭な部分も多く、ぜひとも発掘調査していただきたいところです。
東かがわ市の偉い人!何卒!

現在想定されている大手道への入口は特に案内板などは無く、草木は刈られているものの、遊歩道の登山道とは異なって足元はよいとは言えませんのでご注意を。
なお、民家の脇を入っていくことになるので行かれる際には、テンション上がって周りの民家に迷惑をかけないように・・・。
すべてまるっと含めて整備や登城できる環境を整えていただき、案内版が出せるようになっていただきたいですね。

とはいえ、2つの登山道からも十分楽しみがいがあるお城ですよ

引田城編、これにて終了!


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ラベル:続日本100名城
posted by ゆーか at 21:31 | Comment(0) | 香川県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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